魂蝕

 巻かれた紐を解き、竹簡に書かれた文字を目で追いはするのだが、内容は上滑りして何一つとして頭には入ってこない。身に籠もる熱を逃すように時折溜息を吐けば、執務室に出入りする官吏らがちらちらと視線を向けてくる。尤も、出入りしているとは言っても竹簡の受け渡しにちょうど居合わせただけの彼らに馬超との関係が知られているとは考えにくい。それよりも、よもや自分の窮状に気付かれているのではないかと思うと、気が気ではなかった。
 張形は後膣に収められたまま、じくじくと過敏な肉壁を苛んでいる。性器は身体を清められる際、残酷にも馬超の手によって縛められてしまっていた。
 きっと、自分を辱めて楽しんでいるのだ、彼は。
「……ん、どの。趙雲殿!」
 取り留めのない思考は、名を呼ぶ大きな声に中断された。
 顔を上げると卓子を挟んで向こうに佇んだ姜維が、酷く心配そうな目で見ている。
「大丈夫ですか? お顔の色が優れないようですが」
「……ああ」
 気怠げな返事は優しい彼に益々気を遣わせてしまったようだ。
 平静ではない者の肯定ほど当てにならない事を悟ったらしく、指先が蝋のように白くなるまで資料を抱えた腕に力が籠もる。
「あの、本当に……」
 大丈夫だよ、と目の前の小さな頭に置こうと手を伸ばした途端、動きに釣られて内部に収まっている張形が角度を変えた。
「……っ!」
 雷に打たれたみたいに一度身震いをして、前傾しかけたまま趙雲の姿勢が固まる。
 姜維の視線が、真実を探るようで痛い。
 気取られぬよう小さく息を吐いた趙雲は、再度ゆっくりと腕を伸ばして姜維の頭を撫でると席を立った。慎重に脚を動かして卓を避け、さり気なく回した手で成長途上の背を押す。
「心配しなくとも私なら平気だよ。ありがとう、優しいな姜維は」
 出入り口に姜維を導きながら、変な歩き方になっていないだろうかと気になって仕方がない。心細げな大きな目に少し低い位置から見上げられているのだと感じると尚更、焦燥と羞恥で頭に血が上るようだった。
 気付かれていない、と己に言い聞かせながら微笑みを顔に貼り付けてみせる。
「でも、お顔が赤くていらっしゃいます。熱があるのではないのですか?」
 熱を測ろうとしたのだろう、不意に姜維の手が伸びてきた。
 悪意のないそれに反応してしまったのは、いつもの癖、としか言いようがない。
 力の入り具合の変わった腰の奥が張形を絞り上げ、悦を呼ぶ凝りを抉る。
「っ……」
 泣いてしまいそうだった。
 張形の先端が媚肉に食い込んでくるのがわかる。
 許される事なら今ここに座り込んで、白旗を掲げてしまいたい。
「趙雲殿……?」
 瞬時、息を呑んだ趙雲を訝ったのだろう、姜維が不審そうな声を上げる。
「あ、ああ。何でもないよ」
 自分と敏い彼とを誤魔化すように笑みを一層深くし、趙雲は小さく首を横に振った。
「遅くなると諸葛亮殿に叱られるのではないのか?」
 だから早く戻りなさい、と至極尤もな理由をつけ、体よく姜維を執務室から送り出す。軽やかな足音が遠ざかり、外から聞こえてくる雑多な気配に紛れる頃には、意識すら朦朧としかけていた。
 滾りかけた陽物に巻き付けられた紐が食い込み、暴走しそうになる欲望を叱咤するかのように趙雲に鈍い痛みを与える。
 覚束ない足元でどうにか席に戻り、趙雲は上半身を卓上に伏せた。
 全神経が腰の前と後ろから与えられる刺激に囚われているようで堪らない。もう、一つの事しか考えられなかった。
 解放されたい。助けて、孟起。これ以上放っておかれたら、気が狂れてしまう。
 他の誰でもなく、無体な事を強いた男に趙雲は祈った。