魂蝕

「っ、あ……っ…」
 硬く立ち上がった性器を広い手で握り込む。
 紅く充血した茎を容赦なく扱き上げると、過敏な先端が震えて涙のような蜜を零した。一度滴り始めてしまうと堰を切ったように止めどなく溢れ出てくる液体はすぐに馬超の手を濡らし、その動きに合わせていやらしい濡れ音を立てる。
「んっ……あ、っや……っん、ん」
「……子龍、そんなに声を出したら外に聞こえるだろ」
 耳元で囁いた声は自分でも驚くほど、酷く冷静だった。
 それでいながら艶のある低い音に趙雲は唆されたのかもしれない。快楽を堪えて震える爪が馬超の背を掻いた。
 火照りを冷ますように壁に押し付けた耳には、回廊を歩く人の足音と話し声が同時に届いているだろう。それは同時に、壁のこちら側にいる自分の声が外に聞こえている可能性をも示唆していた。
 中途半端に明晰な部分を残した頭がそれを考えるに至って羞恥が回ったのか、趙雲は唾液に濡れた朱い唇を強く噛んだ。
「……そう、いい子だ」
 従順を嘉した口で形の良い耳殻を辿り、陰茎を握る手と逆の手で趙雲の後膣に触れる。瞬時、驚きに引き攣った身体を宥めるように頬に口付けながら、馬超は窄まった入り口を指の腹でさすった。
 馬超が与える快楽を教え込まされた孔は、弱い刺激に次第に綻び淡く息衝いてゆく。
 趙雲の花茎から溢れる液体のぬめりを掬い取り、馬超はゆっくりと中指を埋め込んだ。
「ん……ぅ……」
 長く節だった指を、趙雲の狭い肉壁を掻き分けるように押し入れる。無遠慮に指を回して周囲の媚肉を撫でるように擦ると、薄い腰が力を失って沈んだ。
「ひ、っ……!」
 臀部を鷲掴みにしていた手が、不安定に揺れた身体を支える。体重がかかった事で胎内を掻き乱す指は、一層奥深くにまで踏み込む事になった。
「ぁ、あ…や………」
 閉ざす事を忘れた口の端から零れた唾液が、顎先を伝って滴り落ちる。
 寄る辺を求めて肩先に額を押し付け、痿えた足では自立の叶わない身体を趙雲は馬超に預けた。
「悦いのか?」
 涙と唾液に塗れても綺麗なままの趙雲に、馬超が夢とも現ともつかないうっとりとした心地で囁く。
 蕩けたように潤んだ深い夜色の双眸、仄赤く染めた眦。男の劣情を焚き付けて已まない風情をして、趙雲は小さく震えながらも馬超にしがみ付いている。
 普段は色事の全てから一番遠い所にいるような彼の堕ちた様に気を良くし、馬超は中に埋め込んだ指を小さく折り曲げた。
「あぁっ! あ、ん、ん──…っ」
 柔肉を掻くように動かすと、趙雲の汗ばんだ太腿が跳ね、堪らないとばかりに肢体が淫らにくねる。
 舌足らずで言葉にもならない喘ぎを零す彼からは、猛将の凛々しさなど見る影もない。秘部に太い指を咥え込み、剰えそこが舐めしゃぶるような動きで脈動するなど、誰が想像し得るだろう。
 自分だけしか知らない彼の顔に、奇妙な優越感が込み上げた。
「や、ぁ……もう、き…っ、も、だめ…だめ……っあ、やぁ…」
「もう我慢できないのか?」
「ん、ぅんっ」
 馬超に誑かされた身体は、既に限界を訴えている。引き締まった脚の内側は自ら溢れさせた体液でねっとりと濡れ、そこから滴っては床に小さな水溜まりを作っていた。
 淫靡なその姿を一瞥し、馬超が熱い溜息を吐く。
「……子龍」
 幾分、掠れた声で呼ぶと、趙雲は涙に濡れた睫毛を瞬かせた。
 馬超が徐に背に回されていた手を取り、己の中心に導く。宛がったそこが硬く、服越しでも十分な存在感を誇示している事は自分でもわかっていた。
「ぁ……」
「俺のも触ってくれないか」
 熱に浮かされたような趙雲が、言われるがまま馬超の陰茎の形を辿るように撫でる。袍の合わせを割って潜り込んできた形の良い指が、猛り張り詰めたそこに触れた。決して小さいとは言えない手に余るほどの質量に、無意識にだろう趙雲が小さく喉を鳴らす。
 握った熱茎をゆるゆると擦り上げられ、馬超は鋭く息を詰めた。
「……は…子、龍…」
 頬を掠めた熱帯びた吐息に、趙雲が肩を震わせる。
「孟起……っ、ん…」
 擦り立てられる内に馬超の雄は硬度を増してゆき、我ながら凶器かと思えるほどに反り立った。
 掌の中で脈打つそれに、いつも甘く惑わされている事を思い出したのか、膝を擦り合わせた趙雲の性器から新しい蜜が零れ落ちる。
「ね、孟起……も、これ……っ」
 熾る肉欲に耐えきれなくなったらしい趙雲が懇願の声を上げたところで、入り口の扉を誰かが叩く音がした。
「どなたかいらっしゃるのですか?」
 枢が軋み、耳慣れない声が誰何したのに二人して息を潜める。
 だが、入り口から覗くだけで奥に踏み込んでくる様子はない。しばらくして「あれ?」だの「おかしいな」だのと小さい独語がさらに遠ざかり、再び扉が閉ざされるに至って、ようやく肩の力を抜いた。
 人目を忍んで耽る情事には背徳の匂いがしてそれなりに愉しいが、精神的にあまり良くはなさそうだと、馬超が削げた頬に苦笑を刻む。何より、とろりと危うい趙雲を、万が一にでも誰かの目に止まるような馬鹿な振る舞いは避けたい。
 少し自重するか、と幼子にするように趙雲の頭を優しく撫で、馬超はそっと身体を離した。
 頼る縁をなくした趙雲が、ずるずると床にへたり込む。
 涙で潤みきった瞳で呆然と見上げる彼に馬超は薄く微笑み、曝け出していた剛直を無造作に袍の中へ仕舞い込んだ。
「また、あとでな」
 そう宣した馬超からは、先程までの色香は微塵にも感じられない。
「あ……」
 趙雲の艶めいた表情が、一瞬で絶望に変わる。
 火が付いて後戻りできない所まで足を踏み込ませながら焦らし、逐情を許さない事が馬超には度々あった。先に手を出したのは自分の方であるのに、そういう時彼は、いつも無情に趙雲を執務へと追い立てる。たとえそれが、どんな状況にあろうと、だ。
「孟起……」
 未だ燻る熱を持て余し戦く趙雲を見て、馬超が困ったように笑う。
「馬超殿、だろう」
 それは情人の時間が終わったと告げる台詞だった。
「……っ、ばちょう、どの…っ…」
 こんな状態で放り出さないで欲しい。
 馬超の長い脚に熱い頬を寄せ、懇願を全身から滲ませながら趙雲がしゃくり上げる。
 見下ろした趙雲は帯も下衣も剥ぎ取られ、申し訳程度に羽織っただけの袍の陰では紅い屹立が快楽を欲しがり震えていた。男として、それがどれだけ辛い事かは馬超も理解している。だが、いつ誰が来るとも知れない公共の場で情事に溺れてしまう訳にはいかなかった。
「我慢しろ。あとでたっぷり可愛がってやるから」
 しゃがみ込み、滑らかな頬に軽く口付けると、誘い込むように趙雲が馬超の肩に手を回そうとする。それを馬超は笑みを湛えたまま、けれど無碍にやんわりと阻んだ。
「ほら、拭いてやるから脚広げろよ」
「……っ」
 頑なに行為の終わりを主張するのに、趙雲が小さく首を振る。
 涙の浮いた眦を撫でてやると、子猫のように手に懐いてきた。
「しょうがないな……」
「……え?」
 絆され、諦めたような馬超の台詞に、趙雲の表情が輝く。
「ここに欲しいんだろう?」
 確かめるように言いながら馬超の指が白い尻を這い、双丘の狭間をさすった。
「…ぁ…っ」
 先程までの行為で十分すぎるほどにほぐされた蜜孔がひくりと震える。
 口を衝いて出た期待めいた悲鳴に、馬超は満足げに頬を緩めた。
「挿れてやるよ、お前の欲しい物とは違うだろうが」
「え、何……っ、…ひ…!」
 温度を持たないものを、趙雲の敏感な蕾に宛がう。窄まった入り口が纏った蜜を塗り込むように、少しずつ彼の中へと埋め込んだ。馬超の熱塊しか知らないそこが、慣れない異物感にか引き絞られる。
「…っ…や……なに…これ……っ」
「張形だ。夜まで取っておこうと思ったんだが、お前があまりにもかわいそうでな」
 そう嘯きつつ愉しげに馬超は手に力を込め、趙雲の中に偽物の男根を挿入した。
「あ! ぁ、あっ……やぁ、っい……」
 快楽に飢えた身体は貪欲で、与えられた激しい快感に無心にむしゃぶりついている。陸に打ち上げられた魚のように背が跳ね、上半身が床に崩れ落ちた。屹立から落ちた濁った液体が床に糸をたらす。
「あ、あ……ぁ……」
 白い尻の狭隘に鼈甲色の淫具を挟み込み、床で悶え打つ様が堪らなく卑猥で、馬超は無意識に唇を舐めた。
「小さいから心配したんだが、結構悦いみたいだな」
「……ぁ…ぅ…」
 虚ろな視線を向ける趙雲に馬超が、脱げ落ちた袍を被せる。
「定刻までこれで我慢していろ」
 綾目の美しい緑白の生地を握り締め、趙雲は茫然自失の態で打ち伏していた。