夜。不意に目が覚めた。
 月は白い容を虚空に浮かべ、窓からこちらを伺っている。射し込む光は冴え冴えと鮮やかに、隈もなく従う影を歪めていた。
 不可蝕の何かに招かれる如、身体を起こせば、臥した馬超の肩が眼下に沈む。
 他は誰もいない。
 まるで、仄かに鋼の色なした無機世界の中、ただ二人、取り残されたかのようだ。
 気を張った覚えもないまま、知らず詰めた息を細く吐く。裂いたばかりの沈黙の狭間に身体を捻り、未だ横たわる男を見下ろした。
 馬超の目が覚める素振りはない。
 常の眠りの浅い彼にしてはずいぶんと珍しい事に、興が揺り起こされた。
 僅かに背を丸めた馬超の寝顔を、毛布からはみ出した肩越しに覗き込む。
 鋭い眼光を閉ざし、人を食ったような笑みを浮かべる口元を緩めて。それでいて尚、精悍な造作。全身を覆う銅の肌の下には、過不及のない筋肉が確かに息衝いている。
 きれいな、理想的な身体だ。
 体質のせいもあるのだろうが、いくら鍛えても肉の薄い自分とは違う。
 感嘆に扱き混ぜた微かな自嘲を頬に差し、並び立てば不釣り合いでしかない身を引いた。
 退いた暗がりを追って光明が迫れば、敷布に零れた髪が浮き上がる。
 淡い黄金を一刷け纏う亜麻色のそれは、いずれにも服ろわぬもののたてがみを思わせた。夜にあっても陽を集めたような、神々しくさえもある、獅子の眷属の、それ。
 神の怒りに触れ、己が滅びるのは構わない。ただ、穢しはしないか、と躊躇う心が引き留める。
 伸ばし倦ねた指を敷布の皺に埋めると趙雲は、そっと顔を伏せ、削げた頬に掛かるたてがみの一房に口付けた。