鳥籠

 それを見付けたのは、ほんの偶然だった。

 何時もより少しばかり少なかった内務のおかげで早めに帰邸する途中、人通りも疎らな路地にその雑貨屋はあった。
 陽はまだ高く、この後、これといった予定のない事を考えれば余裕もある。
 特に欲しい物がある訳ではなかったが、店頭に幾つか並べられた商品に興味を持って、ふと店の前で足を止めてみた。
 もちろん、早々に邸に帰った所で問題はなかったし、それで家令が鬱陶しがる事もない。けれど、馬超を主として尽くしてくれる彼らはおろか、血縁である馬岱にさえ打ち明けられない、蟠る感情が存在するのも事実だった。
 普段、縁のないものに触れて気持ちを紛らわす事が出来れば儲けものだろう、と。
 大した事を望む気もないまま、古ぼけた店構えを馬超は潜った。
 多くの古物を扱っているせいか、店内は、つい先日開店したように新しくも、あるいは何十年もここで商いを営んでいるように古くも見える。
 新鮮で、それでいながら懐かしい空気がそこには漂っていた。
 店員の姿はない。無論、声をかければ顔を出すのだろうが、今は、要らない詮索も余計な説明も煩わしかったので、そのまま放っておく事にした。
 もしかしたら、元々客の入りそのものが芳しくないのかもしれない、人気のない細長い店内を奥へと向かう。
 大人一人がようやく通れるほどの狭い通路は、外からの光が入り難いからか酷く暗い。堆く積まれた商品の壁が両脇を固めて、窓からの光を遮っているせいだ。とても歩きにくい。
 こんな環境で商売が成り立つのが、俄には信じられなかった。
 それとも、この蔵のような環境をこそ良しとする人々がいるのだろうか。
 いずれにせよ、店を開けている事自体に呆れこそすれ、共感は出来なかった。
 ろくに物色もしないまま、いい加減に辟易してきた馬超の行く先で、突き当たった通路が二手に分かれている。
 右へ行こうが、左へ行こうが、結果に大した違いはないように思えたので、気の赴くまま右に折れた。
 相変わらず狭い通路はまた直ぐ右に鍵を形取り、引き返す理由も空間もなく、示された図形に従って足を進める。つまりは入り口のある方向へと向き直った訳で、正面に窓格子を見付けた時には、正直に言って安堵の息を零さずにはいられなかった。
 急く気持ちに従い、足早に通路を通り抜けてゆく。当初の目的など、どうでも良くなっていた。いくつもの商品を背後に遣り過ごす内、陽光に紛れて輪郭の滲んでいた風景がはっきりと見えるようになってゆく。
 間もなく、と思った辺りで、急いでいたはずの足が急に動かなくなった。目が一点に吸い寄せられ、意識が引き込まれてゆく。
 表からは箪笥の影になって見えない、けれど陽の当たる場所にそれはあった。
 細く割った籤は規則正しく湾曲し、優美な弧を描いている。
 揃えた両掌に乗ってしまいそうな小さな空の鳥籠は、胸の奥深くに沈めたはずの醜い独占欲を無性に掻き立てた。

 ここに。
 子龍、お前を閉じ込めてしまえたら。
 軽やかに翔るお前を捕まえて、その風切り羽を切り落とし、誰の目にも晒されない所へと飼い繋いでしまいたい。逢えない時間を数える事がなくなれば、どれだけ楽になれるだろう。
 叶わぬ事と知りながら、それでも希求せずにはいられない。
 それとも。
 言葉にして乞うたなら、お前は叶えてくれるだろうか。

 ──否。

 有り得ない事だと、悟るより先に苦笑する。
 目を伏せて視界を閉ざしてしまうと、あれだけ強く感じていた引力は嘘のように霧散した。
 途端、まるで隙間から窺い見ていたかのように、どこからかがたりと音がする。
 我に返って探ってみれば、奥に人の気配がある。それをばつが悪いと感じたのではなかったが、長居は無用とばかりに店を出た。
 長雨の晴れ間の太陽は真夏のそれの強さをして、生まれたばかりの罪悪を灼いてゆく。
 深く根付いた昏い思いは何時しか灰となり、亡骸だけを忘れ形見に残して消えてゆくのだろうか。
 照りつける陽射しが、いやに眩しかった。